校長室より

校長室より

国際連盟

国際連盟

 国際連盟は1918年に第一次世界大戦が終了し、パリ講和会議の後、1920年に発足しました。提唱したのは当時アメリカの大統領だったウッドロウ・ウィルソンですが、よく知られているように、アメリカはモンロー主義によって議会で否決され、結局国際連盟には参加しませんでした。

 国際連盟の仕事としては、①戦争の防止 ②委任統治、少数民族の保護 ③社会・経済的な取り組み の3つがあげられました。このうち、結果としては第二次世界大戦が起こってしまいましたから、①戦争の防止 が達成できませんでした。ということで、現在では国際連盟の値打ち(?)はなかった、という感じになってしまっています。果たしてそれでよいのでしょうか。

 国際連盟の本部はスイスのジュネーブに置かれましたが、発足当時は人も物もお金もなく、文字通り手探りの立ち上がりだったようです。ゼロから1を作り出すことは大変です。当分の間はホテルの部屋を借りて、本部にしていたそうです。当時の国際連盟本部は、現在では国際連合ジュネーブ事務局として利用されています。②と③については、かなりの成果があったものもあります。そして第二次世界大戦終了後の国際連合の立ち上げについては、国際連盟でのノウハウがかなりの部分に生かされています。限界はありましたが、当時の多くの人々の苦労が積み重ねられた国際連盟でした。連盟のために、混迷の中で懸命に運命を感じて、鮮明に本命に任命されるように頑張りました。

 

ないものねだりより、あるもの探し

ないものねだりより、あるもの探し

 斎藤幸平さんという学者がいます。大阪市立大学から東京大学へ転勤しましたが、2021年に出版した『人新世の「資本論」』という集英社新書が有名になり、新書大賞2021を受賞しました。マルクスの資本論を読み直して、環境問題や社会的資本の大切さを重視すべきだという内容でした。その斎藤さんが、日本各地の現場を取材して、毎日新聞に連載していた文章をまとめて「ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた」を出版しました。この本の中で、水俣を取材する中で出会った言葉が「ないものねだりより、あるもの探し」というものです。

 私たちは、日々の生活に追われて忙しくしていると、どうしても「ないものねだり」をしてしまう傾向があると思います。「もう少しお金があったら」「1日が25時間あったら」「私の成績が良くないのは先生のせいだ」等々。しかし、ないものねだりというのは、文字通り「ないもの」なのです。ないものをねだっても、あるものは生まれてきません。それよりも「あるもの」を探す方が、はるかに前向きだと言えます。あるいはもっと言うと、多くの人の力を借りながら、自分の力で「あるもの」を生み出していけば良いわけです。現在の世界には、閉塞感があるようにも思いますが、この本では多くの地域で、少しでも良い社会を作っていくために、努力している人たちの姿が描かれています。斎藤さんは学者であるからこそ、実際の現場から学び直しをしなければいけないと強調しています。

 学者が作者に代わって、役者として拍車をかけると、落車してしまうかもしれません。

 

詩人の言葉

詩人の言葉

 「朝、家を出てから、学校に着くまであったこと、見たことをきちんと言葉で伝えられればいい。詩を書くのはそのあとでいいでしょう」

 詩人の谷川俊太郎さんの言葉です。劇作家・演出家の平田オリザさんとの対談が済み、会場にいた若手教師が谷川さんに、今の子どもたちに最も大事な「国語の力」は何かと質問しました。自由な発想や想像力といった答えを誰もが想像しましたが、答えは冒頭の言葉でした。平田さんは「背筋が伸びる思いだった」と振り返ります。

 谷川俊太郎さんは、私たちが日常生活で用いるような平易な言葉を使って、鋭く奥行きのある詩を書かれる詩人です。その谷川さんの言葉ですから、余計に重みを感じます。何も特別難しい言葉を用いる必要はない、家から学校までにあったことや見たことを言葉で伝えられれば、そこから詩が生まれるまではほんのわずかだ、ということでしょうか。

 私はもちろん詩人ではなく、一人の高等学校の教員ですが、生徒や先生方に何かを伝えたいと思い、文章を書いたり、全校集会で話したり、歌ったり(!)しています。

 

キャット空中3回転

キャット空中3回転

 漫画ネタが続きますが「キャット空中3回転」と聞いて、これは「いなかっぺ大将」に出てくる「ニャンコ先生」の得意技だな、と分かる人はそんなに多くないと思います。漫画「いなかっぺ大将」は1967年から連載が始まった川崎のぼるさんの作品ですが、1970年からテレビアニメが放送され、小学生の私は熱心に見ていました。青森から上京してきた少年、大ちゃんこと風大左衛門(かぜ だいざえもん)は一流の柔道家を目指し、猫であるニャンコ先生と共に修行に励みますが、いつもずっこけてばかりです。私がテレビを見ていた当時には、気がつきませんでしたが、大ちゃんの声は「野沢雅子」、ニャンコ先生の声は「愛川欽也」、そして主題歌の「一つ人より力持ち~」を歌っていたのは「吉田よしみ」という名前になっていますが、実は「天童よしみ」でした。

 キャット空中3回転は、ニャンコ先生が柔道の技で投げられても、空中で3回転して足から着地するという技ですが、猫は空中に放り出されても必ず足から着地できるということは、よく知られています。今回この話を取り上げたのはノースカロライナ大学の「グレゴリー・J・グバー」という人が書いた「ネコひねり問題を超一流の科学者たちが全力で考えてみた」という本を読んだからです。猫が必ず足で着地するという現象をどのように理解するのかは、昔から研究されてきた出来事で、多くの著名な科学者たちが関わってきました。現在の高度な物理学を応用する必要もあるとのことです。この本を読んで(まず、読んだ人は大変少ない)、ニャンコ先生のキャット空中3回転を思い出した(この2つを結びつける人はもっと少ない)ので、これは希少価値にあふれていると思いました。この本でサイコーに面白かったのは、著者がこの本を読んで「どうか猫を高いところから落とさないでほしい」と訴えている所です。比較の対象としては、1975年に公開されたスティーブン・スピルバーグ監督の映画「ジョーズ」の大ヒットによって、世界中のサメが大量に殺されてしまったという出来事です。自分の著書をジョーズと比較するとは、何と上手な宣伝でしょうか。

 

ゴルゴ13

ゴルゴ13

 ゴルゴ13は、小学館が発行する「ビッグコミック」誌で、1968年から連載が始まった「さいとう・たかを」さんによるアクション劇画です。日本人あるいは日系と思われる国籍不明のスナイパー・自称デューク東郷が、何物にも支配されず、ただ己の掟にのみ従って、依頼された仕事を完璧に遂行していくストーリーです。単行本の刊行が207巻を超え、2021年にはギネス世界記録にも認定されました。

 作者のさいとう・たかをさんは2021年9月に84歳の生涯を閉じられましたが、「さいとう・プロダクション」によって現在も連載が継続しています。これだけ長く連載が続いていますから、ストーリーの基本は時代とともに変化してきました。アメリカのCIA(中央情報局)とソ連のKGB(国家保安委員会)の暗躍が柱だった1970年代、産業スパイものが目立つ90年代、デジタル万能社会を使いこなし、かつ我が道を征くゴルゴが際立った2000年代以降、という具合です。この作品を読んで、国際情勢を学んだ読者も大勢いると思います。

 私には、主人公のデューク東郷は、イギリスの007シリーズのジェームズ・ボンドと重なって見えることもあります。昔は平気だったと思いますが、最近はコンプライアンス重視の傾向があるので、画期的な新しい作品を生み出していくことが困難になっていくのかもしれません。とりあえず連載は続いていくようなので、今後の活躍に期待しましょう。ゴルゴ13の話題を、大阪の十三に行ったつもりで、1月13日に掲載できることを嬉しく思います。

 

幸田文

幸田文

 「ただひとつ、去年どんないいことがあったか、を数えてみることにしている」

 幸田文(こうだ あや 1904~1990)さんの言葉です。幸田文さんといえば、文豪として著名な幸田露伴の娘さんですが、文さんの娘さんの青木玉さんも、その玉さんの娘さんの青木奈緒さんも作家、随筆家として有名です。露伴から4代続けて文芸の世界で知られる存在は、とても珍しいものだと思います。

 幸田文さんは繊細な感性と観察眼、江戸前の歯切れの良い文体が特徴で、折々の身辺雑記や動植物への親しみなどを綴った随筆の評価が高い人物です。伝わっている写真の姿は、和服姿のものが多く、明治時代の文化を感じることができます。

 冒頭の言葉は、嫌なことはずっと引きずるが、いいことはたいていその場限りで忘れてしまうことが多いので、年が改まったときこそ、去年あったいいことを思い出そう、という趣旨のものです。現代人の生活スピードはますます速くなっている気がして、次のこと、次のことで精一杯な毎日です。我が身を振り返る機会も大切だと教えてもらえた気がします。

 幸田露伴が、どうして文(あや)という名前を娘につけたのかは知りませんが、まさか孫やひ孫までもが文(ぶん)章で生きていくことになるとは、夢にも思わなかったと思います。

 

成熟スイッチ

成熟スイッチ

 皆様、明けましておめでとうございます。2023年が始まりました。今年こそ平和な世界の実現を望んでやみません。

 さて今回は、作家の林真理子さんの新著「成熟スイッチ」です。古希(70歳)に近づいている林真理子さんですが、日本大学の理事長を引き受け、雑誌の連載も続け、今回のエッセイの出版です。どれだけ元気でパワフルやねん、と感心するのですが、この本から引用します。

 「年をとって、後輩に成熟の素晴らしさを教えてくれる人と、老いの醜さ見せつける人がいます。若い頃には、それほど違いがなかったかもしれない人たちが、歳月を経ると、まるで別世界の住人のように振り分けられていきます。成熟にも格差が生じてくるのです」

 「成熟は一日にしてならず。しかし成熟への道は、成熟を目指したとたんに開けていきます。日常の小さな心がけの一つ一つ、世の中のいたるところに、成熟へと向かう小さなスイッチがちりばめられているのです」

 確かに年齢を重ねていくにつれ、「老害」「暴走老人」になってしまってはいけません。私も我が身を振り返り、スイッチを探そうという気になりました。成熟するためには、早熟のまま、原宿や新宿で遊ばなければなりません。

 

怒らない男

怒らない男

 作家の吉行淳之介さんは、温厚で「怒らない男」と呼ばれたそうですが、本人はそうでもないと書かれています。負の感情が爆発しそうになると、ある禅僧の次の言葉を思い出したそうです。

 「気に入らぬ風もあろうに柳かな」

 あの柳をごらん。気分のいい風ばかりではなかろうに素知らぬ顔で吹かれているじゃないか。と、そう考えれば少しは落ち着く。吉行さんによれば「だいたい効き目がある」そうです。

 本当に怒らなければならないこともたくさんあると思います。しかし、後になって冷静に考えてみると、そこまで腹を立てる必要もなかったことも数多いのではないでしょうか。腹立たしいことがあったときに、柳の木を思い出してみることも大切かもしれません。2022年も終わりを迎えますが、来年は腹立たしいことが少なくなるような年にしたいものです。腹立つことは、巨人の原辰徳監督に任せましょう。

 

トマ・ピケティ

トマ・ピケティ

 その筋では有名な人物であるトマ・ピケティです。1971年に生まれたフランスの経済学者です。彼を有名にしたのは、2013年の著書「21世紀の資本」です。当然フランス語で書かれた本ですが、世界10数カ国語に翻訳され、累計百万部を超えるベストセラーになりました。日本語版はみすず書房が2014年に出版しましたが、728ページもあり、定価5500円にもかかわらず、13万部売れています。

 「21世紀の資本」の内容を簡単に要約すると、次のようになります。「資本から得られる収益率が経済成長率を上回ると(実際にそうなっている)富は資本家へ蓄積される。そして富が公平に再分配されないことによって、貧困が社会や経済の不安定を引き起こすということを主題としている。この格差を是正するために、累進課税の富裕税を、それも世界的に導入することを提案している」この本が画期的だったのは、データが残っている範囲で、過去200年以上のデータを分析して、これまで収益率が経済成長率を上回ってきたことを実証したことにあります。

 今回、香寺高等学校の図書室にトマ・ピケティの新著「来たれ、新たな社会主義」を購入してもらいました。この本は学術書に近い「21世紀の資本」とは異なり、フランスの新聞「ル・モンド」に書いたコラムをまとめたもので、かなり読みやすくなっています。この本から引用します。

 「ハイパー資本主義はあまりにも行き過ぎてしまった。いまや私たちは、資本主義を超える新しい体制、すなわち、参加型かつ分散型、連邦主義的かつ民主主義的で、環境にやさしく、他民族共生かつ男女同権といった新しい形の社会主義について考える必要がある。私はそう確信している」

 「社会主義」という言葉にネガティブなイメージを持つ人もいると思いますが、現在の資本主義が絶対的に正しいとも言えないように思います。トマ・ピケティの言うことが100%正しいかどうかは分かりませんが、考えてみる余地は多分にあるように思います。ピケティよりキティちゃんの方が可愛いのは間違いありませんが。

 

杜撰

杜撰

 さて今回は杜撰(ずさん)です。物事が大雑把でいい加減、中途半端な様子を表す言葉ですが、私はこの言葉には語源があることを知りませんでした。

 中国の宋の時代(960~1279)に実在した詩人である杜默(ともく)にあるとされています。名前の「杜(と)」と詩文を作成するという意味の「撰(さん)」が組み合わさり生まれたものです。杜默が作る詩や文章は、定型詩の形式に当てはまらないものが多く、当時いい加減と批判されました。その故事から、詩や文章など著作物において誤りが多い、ひいては、いい加減な様子を著す四字熟語として「杜默詩撰(ともく しさん)」という言葉ができ、「杜撰」という言葉が生まれたと言われています。

 杜默にすれば迷惑な話ですが、それから千年も使われている言葉として残っているということは、逆にありがたい話なのかもしれません。計画性がなかったり、詰めが甘いということで、悪い意味で用いられてきました。私たちも杜撰な仕事をしないように心がけたいものですね。杜撰なことをすれば、悲惨な予算を組むことになり、遺産や資産をなくして破産してしまうかもしれません。

 

フリーのコーラ

フリーのコーラ

 「木村先生は、親父ギャグというか、ダジャレが好きですね」とよく言われます。「はい、その通りです」と答えています。日本語は同音異義語が多く、また、脚韻や頭韻を踏むと、文章にリズムが出てくるので、私が書く文章や、人前でお話をする場面で、数多く利用しています。

 しかし日本語以外の言語でも、このような例はたくさんあります。今でも私が鮮明に覚えているのが、1985年のアメリカ映画「バックトゥザフューチャー」の中の台詞です。主人公のマーティ(マイケルJフォックス)がタイムマシンに乗って、30年前の世界にタイムスリップしたときの話です。喫茶店だったか、ドラッグストアだったかで、マーティが好きな「ペプシコーラ」を注文するときに「FreeのCola」を頼みます。マーティが頼んだのはもちろん「Sugar Free」のコーラ、砂糖が入っていないコーラのつもりです。しかし、30年前の世界には「Sugar Free」のコーラは存在していませんから、店のおじさんは「Free(値段がタダ)のCola」なんかうちの店にはないと、怒ってしまいます。Freeという単語には、○○がない、という意味と、値段がタダ、という2つの意味があるから生じた、親父ギャグ、ダジャレだということです。当時の映画の日本語字幕では、Freeという単語の上に、マーティの台詞では○○がない、店のおじさんの台詞では値段がタダ、という風になっていたと思います。

 このように、ダジャレは世界中で愛好されています。皆さんも生活の中に潤いを求めて、使用してみて下さい。ダジャレは、オシャレなワインのボジョレーや、コジャレたすじゃれ(すだれ)にも使われます。

 

ボナエ・リテラエ

ボナエ・リテラエ

 私も初めて聞く言葉でした。ラテン語のようですが、直訳すると「良い書物たち」ですが、もう少し背景を広くとると「優れた・洗練された・品格のある」「文書・手紙・文芸・文学・教養・学問」という意味になります。「よい本を読めば、よい人間になる」かというと、そうでもないのが現実ですが、そう信じられていた時代もあったようです。

 「ボナエ・リテラエ」という言葉をよく使ったのはエラスムス(1466~1536)です。ネーデルランド(現在のベルギー、オランダ、ルクセンブルクにあたる)出身の人文主義者、神学者、哲学者で「痴愚神礼讃(ちぐしんらいさん 愚神礼讃ともいう)」で、カトリック聖職者の腐敗を批判しました。彼が言う「ボナエ・リテラエ」は、キケロ、プルタルコス等の古典的書物や、キリスト教的な徳を建て、信仰の奥義を探ろうとするものが含まれていました。

 また次に「ボナエ・リテラエ」の概念が登場するのは、17世紀のアメリカ、ニューイングランドです。ハーバード大学の初期カリキュラムは、中世以来の人文主義的な古典教育でできあがっていました。「リベラルアーツ」と「ボナエ・リテラエ」の2本立てです。古典的な人文主義教育の柱は、ギリシャ語やラテン語の学習で、それこそがプロテスタント聖職者の職業訓練にぴったりのものでした。多くのピューリタンがアメリカ渡航前に卒業したケンブリッジ大学、オックスフォード大学のカリキュラムと同じものです。

 現在の日本の大学教育はどうでしょうか。すぐに役に立ちそうな教育ばかりがなされているような気がします。すぐに役に立ちそうなものは、すぐに役に立たなくなるものですから、いかがなものかと思います。良い書物を読んで、きゃもつ列車で、にゅもつを運びましょう。

 

スラムダンク

スラムダンク

 劇場版アニメ「THE FIRST SLAM DUNK」が公開されています。バスケットボールに携わる人間にとって、スラムダンクは避けて通ることができません。井上雄彦(いのうえ たけひこ)さんによって1990年から少年ジャンプで連載が始まり、その後テレビアニメが放送されました。スラムダンクを見て、バスケットボール部に入った中高生の数は、どれくらいになるのか見当もつきません。それくらい一世を風靡しました。

 映画の内容はネタバレになるので、詳しくは書けません。ただし、スラムダンクをよく知っている人にも、今回初めて見る人にも対応した中身だと思いました。画面の迫力は素晴らしいものがありますし、バスケットボールに対する愛情が感じられる作品に仕上がっています。安西先生の名台詞も健在です。

 一番気になるのが「ファースト」の意味です。セカンドやサードができるのか、という疑問です。できなくはなさそうですが、実際に作るのは大変そうです。今回も特に昔からの熱烈なファンに取っては「物足りない」という感想もあるようです。今後のお楽しみということでしょうか。

 ダンクシュートを決めるためには、画家のムンクがミンクのコートを着て、インクでリンクを張ることが必要です。

 

ロシア語を学ぶ

ロシア語を学ぶ

 今や世界中を敵に回している感があるロシアですが、歴史的にはロシア文学やロシア民謡には偉大な作品が数多くあります。また普通のロシアの人たちは、ある意味犠牲者と言えるかもしれません。ロシアの吟遊詩人「ブラート・オクジャワ」の「祈り」という歌があります。

 神よ 人々に 持たざるものを 与えたまえ

 賢い者には 頭を 臆病者には 馬を

 幸せな者には お金を そして私のことも お忘れなく・・・

 この歌の解釈は多様で、例えば「賢い者には頭」というのは、賢さとは心で悟るものだから頭脳とは別物だということを、「幸せな者にはお金」が必要なのは、幸福か否かはお金の問題ではないことをそれぞれ暗示しているという説があります。また、そうではなく全体として一般常識的な固定観念に対する皮肉であるという説もあります。そしてまた、それらの解釈とはまた別の層にある要素として、この詩には言語への希求のようなものがあるという説もあります。賢さや幸せという、普段は自明のものと認識している言葉の意味を考え直すことにもなります。新しい語学を学ぶということは、新しい発見があるものです。

 この歌を紹介してくれたのは「奈倉有理(なくら ゆり)」さんですが、彼女は1982年生まれで、2002年にペテルブルグに留学し、2008年に日本人としては初めてロシア国立ゴーリキー文学大学を卒業し、多くのロシア文学の翻訳書を出版し、ロシアの動向について発言をしています。ちなみに「ゆり」という名前は日本では主として女性の名前でしょうが、ロシアでは「ユーリー」は男性の名前だそうです。彼女の著書である「夕暮れに夜明けの歌を」では、彼女がロシア語に魅せられて、語学を学ぶ中での学生や先生、近所に住むロシアの人たちとのやりとりやエピソードを記したエッセイです。一人の日本人と普通のロシア人たちは、生活して交流して当たり前のように友情を築き上げていきます。当たり前の日常が、早く戻ってくることを願わざるを得ません。当たり前だのクラッカー(若い人には分からない?)。

 

予想と期待

予想と期待

 何回目かのラジオネタです。本来は歌手の「GACKT」さんですが、格付け番組等で有名になったり、病気で療養したりしています。彼は人を前向きにするような言葉を多く発言しています。

 「予想を裏切る 期待には応える」

 彼がライブを行うときは、観客が予想しているようなステージや、楽曲の構成を裏切るようにしているそうです。しかし結果として観客には感動を与え、大満足で帰宅の途につくように、期待には応えることを心がけているそうです。

 この言葉は、もちろんショービジネスには欠かせない視点だと思いますが、他の分野にも当てはまることが多いと思います。「○○という会社が、新製品の××を開発した」「○○先生の授業は、斬新な切り口で、勉強になる」「○○課長は、課員の背中を押すような業務の取り上げ方をしてくれる」「○○という作家の小説は、次々と新しい世界を見せてくれる」これまでに社会現象にまでなった製品、例えば「ウォークマン」や「ファミリーコンピューター」「iPhone」等は、予想を裏切り、期待に応えたものだったと思います。

 私も「木村校長の始業式・終業式での話は、毎回予想を裏切るが、期待には応えてくれる。最後のギャグだけはすべりまくりだが」と言われるように心がけています。期待に応えるためには、機体に気体を詰めて、帰隊しなければなりません。

 

山紫水明

山紫水明

 山紫水明(さんしすいめい)という言葉は「日に映じて、山は紫に、澄んだ水は清くはっきりと見えること。山水の景色の清らかで美しいこと」という意味で、風光明媚(ふうこうめいび)な景色を表すものです。しかし普通、山は春から夏にかけては緑色だし、秋からは紅葉で黄色か赤色のはずです。山が紫色とはどういうことでしょう。

 四字熟語の漢字ですから、語源は中国の歴史書からのものと思いがちですが、実はこの言葉は日本の江戸時代後期に、平安時代から江戸時代までの歴史書「日本外史」を書いたことで有名な「頼山陽(らい さんよう 1781~1832)」が作った言葉です。頼山陽は京都鴨川の西岸に「水西荘(すいせいそう)」と名付けた居を構え、敷地内の書斎に「山紫水明処」という号をつけました。夕方に水西荘から東側を見ると、日が傾いて東山の山肌はすでに紫色にかげっているが、鴨川の川面は夕日の照り返しでまだ明るい。昼から夜に移り変わる夕暮れの短い間にだけ見られる、はかなくも美しい特別な景色を山紫水明と名付けたのです。後の人々は、時間を限定せずにただ美しい山水の景色を山紫水明と呼ぶようになっていった訳です。

 このように江戸時代には、まだまだ漢文の文化が主流でした。揖斐高(いび たかし)さんが書いた岩波新書の「江戸漢詩の情景」には、山紫水明以外にも多くの江戸時代の日本における漢詩が紹介されています。当時の学問といえば「儒学」とりわけ「朱子学」ですから、漢字ばかりです。漢字を知らないと、いい感じの幹事にはなれません。

 

カタール

カタール

 サッカーのワールドカップが開かれる、中東の国カタールです。アラビア半島に突き出したカタール半島で、面積は日本の秋田県と同じくらいの1427km2で、人口は250万人くらいの小さな国家です。国土の全域が砂漠気候であり、年間降水量が100ミリといいますから、日本で少し強い雨が1日降るときの降水量が、1年分ということになります。もちろん豊富な石油と天然ガスの産地ですから、経済的には豊かで、カタールでも大人気のスポーツであるサッカーのワールドカップを招致することができました。

 世界中で人気のあるヨーロッパのリーグ戦が毎年秋から春にかけて行われるため、これまでのワールドカップは、それを避けて夏の時期に実施されてきました。ですから最初はカタールでも夏に行うことを考えましたが、カタールの夏は気温が50℃になるくらいのとんでもない暑さなので、スタジアム全体を冷却する案が検討されたりもしました。結局夏の開催は諦めて、そのかわりヨーロッパリーグ戦を一時中断する(! 非常に大きな金額のお金が動いた?)ということで、開催に至りました。

 カタールは、本来のカタール人は人口の1割強しかおらず、残りの9割弱は南アジアや東南アジアからの外国人労働者で、特に男性労働者が大量に流入しているため、住民の4分の3が男性です。今回、狭い国家にスタジアムを作るために、かなり無理をして工事を行ったようで、外国人労働者の人権を無視した可能性が高いようです。そのためワールドカップの実施自体、どうなんだ、という意見もあり、ヨーロッパの中には、通常であればパブリックビューイングを実施するはずが、抗議の意味を込めて実施しない国もあるようです。でもワールドカップ自体を中止するということにはなりません。

 日本代表は、初戦のドイツ戦を逆転勝利という素晴らしいスタートを切りましたが、大きなスポーツの大会がお金まみれという現状はいかがなものか、という感じもします。ワールドカップはコップの中でアップして、シップを貼って、トップを目指しましょう。

 

これからのリーダー

これからのリーダー

 厚生労働省で事務次官を務めた村木厚子さん(木村ではない)は、これからの時代のリーダーに求められるのは「メンバーそれぞれの強みを生かすチームづくりだ」と言っています。そして「どんな上司が望まれますか」という問いには「情報を上げたいと思われる上司になることが大切だ」と話しています。

 「重要な情報が耳に入らずに『自分は聞いていない』という上司がいます。私もそう言いたいときはありますが、自分が部下の立場だったら、本当に大事な人には相談しています。もっとはっきりいうと、役に立つ上司のところには情報を持っていきます。大事なことを聞かされないのはリーダーとして格好悪いことなのかもしれません」

 確かに「私は聞いていない」と言って怒る社長や校長たちがいると聞いたことがあります。それは部下に対して「ちゃんと報告しない部下が悪い」と怒っているのでしょうが、実は聞かされていない自分の責任である、と考えることもできるわけです。怒る前に、自分のやり方を反省した方がよいのかもしれません。

 村木厚子さんは、厚労省の課長時代に事件に巻き込まれ、逮捕されましたが、実は冤罪(えんざい 無実なのに罪をかぶせられること)で裁判では無罪判決となり、厚労省に復帰して官僚としては最高位である事務次官になった人です。普通ではできないような経験をしてきた人だからこその説得力があります。生徒の皆さんも、情報を上げたいと思われる上司を目指しましょう。上司がよければ、調子に乗って、よい表紙が書けそうです。

 

二兎を追う

二兎を追う

 「二兎を追うものは一兎も得ず」ということわざは、もともと英語で「If you run after two hares you will catch neither」ということわざを日本語に訳したもののようです。「同時に2つのことをしようとする者はどちらの成功も得られない。1つの事柄に集中するのがよろしい」という意味です。しかしこのことわざに対して「二兎を追うものだけが二兎を得る」という言葉もあります。生徒の皆さんはどう考えますか。

 「文武両道」という言葉があります。中国の歴史書である「史記」にも記述があるようですが、日本では鎌倉時代以降の武士の世界で、文事と武事の両方に秀でることとして使われた言葉です。現在の高等学校でも、勉強と部活動の両立を目指すこととして、多くの学校の目標として用いられています。確かに、高校生には勉強はもちろんですが、部活動に取り組むことも大切で「二兎を追う」ことにつながります。

 総合学科の高等学校では、以前から「探究活動」に重きを置いてきました。探究は自分の興味関心のある事柄について、色々な方法を駆使しながら深堀していくもので、現在では普通科の高等学校にも広く取り入れられています。通常の学習活動と探究活動を両立させていくことも「二兎を追う」ことになると思います。

 ビジネスの世界では「二兎を追っていると三兎めが出てくる」という話もあるようです。多角経営を奨励するときには、適切なのかもしれません。皆さんも二兎を追うと、古都を問う事ができるかもしれません。

 

自信を持つ

自信を持つ

 生徒の皆さんは自信がありますか。どうすれば自信が持てるようになるのでしょうか。クラブの大きな大会に臨むとき、大学の入学試験を受けるとき、就職試験の面接を受けるとき、どれも緊張しますよね。これまでに経験のない状況になったとき、緊張したり、自信を持てなくなったりします。どうすればいいのでしょうか。

 まず、準備をしっかり行うことが1番大切です。大会前に練習をしっかりやって、試合に臨む。その大学の過去の入試問題を10年分くらいやり遂げてから、入試を受ける。先生方を利用し倒して、面接の練習を繰り返し行った後で面接試験を受ける。どこまで準備すれば100%になるのかは分かりませんが、しっかりした準備は必ず自信につながります。

 次は、自分を客観視することです。自分を自分以外の人から見たときに、どのように見えているのだろうと、想像してみることをおすすめします。緊張して、手足や唇が震えているとしたら「他人から見ても、緊張しているように見えるだろうな。でも、自分でもそのように思えているということは、私は落ち着いている」「大丈夫。これまでの人生の中で、1番緊張した○○のときよりも、私は落ち着いている」少し難しく感じるかもしれませんが、こういう習慣を身につけてしまえば、案外使えるようになるものです。

 最後は楽観的になることです。失敗しても、ミスをしても、命がなくなる訳ではありません。自分ではうまくいかなかったと思ったとしても、他人からは評価される場合もあります。頑張って、ダメならまた次に頑張れば大丈夫だ、と信じて対応することです。

 この3つの考え方は、私が40年以上昔の、大学受験のときに思ったことです。今でも本当に大変だった思いがありますが、やり遂げたことが私の自信につながっています。皆さんも、自信を持って、地震に負けずに、自身を発揮して下さい。