校長室より

幸田文

幸田文

 「ただひとつ、去年どんないいことがあったか、を数えてみることにしている」

 幸田文(こうだ あや 1904~1990)さんの言葉です。幸田文さんといえば、文豪として著名な幸田露伴の娘さんですが、文さんの娘さんの青木玉さんも、その玉さんの娘さんの青木奈緒さんも作家、随筆家として有名です。露伴から4代続けて文芸の世界で知られる存在は、とても珍しいものだと思います。

 幸田文さんは繊細な感性と観察眼、江戸前の歯切れの良い文体が特徴で、折々の身辺雑記や動植物への親しみなどを綴った随筆の評価が高い人物です。伝わっている写真の姿は、和服姿のものが多く、明治時代の文化を感じることができます。

 冒頭の言葉は、嫌なことはずっと引きずるが、いいことはたいていその場限りで忘れてしまうことが多いので、年が改まったときこそ、去年あったいいことを思い出そう、という趣旨のものです。現代人の生活スピードはますます速くなっている気がして、次のこと、次のことで精一杯な毎日です。我が身を振り返る機会も大切だと教えてもらえた気がします。

 幸田露伴が、どうして文(あや)という名前を娘につけたのかは知りませんが、まさか孫やひ孫までもが文(ぶん)章で生きていくことになるとは、夢にも思わなかったと思います。