校長室より

2022年8月の記事一覧

目薬・日薬・口薬

目薬・日薬・口薬

 ネガティブ・ケイパビリティ(負の能力)という言葉があります。どうにも答えの出ない事態に直面した時に性急に解決を求めず、不確実さや不思議さの中で宙づり状態でいることに耐えられる能力、を意味する言葉です。もとは19世紀の英国の詩人キーツが、詩人が対象に深く入り込むのに必要な能力として使った言葉でした。

 このネガティブ・ケイパビリティという言葉を紹介してくれたのは、作家で精神科医の帚木蓬生(ははきぎ ほうせい)さんです。彼のこのペンネームは源氏物語五十四帖の第二帖帚木(ははきぎ)と第十五帖蓬生(よもぎう)からとられたものだそうです。

 病気と長く付き合わなければならない患者さんと向かい合う時「病気を治そう」という考えだけではどうにもならない場合があります。そんなとき、ネガティブ・ケイパビリティによると、三つの薬が考えられます。

 一つ目は「目薬」。「あなたの苦しみは私が見ています」という目薬。

 二つ目は「日薬」。「何とかしているうち、何とかなる」という日薬。

 三つ目は「口薬」。「めげないで」と声をかけ続ける口薬。

 患者さんは難しい状態にあっても、何とかこれでやり過ごすことができます。人間の復元力は、早さとは異次元の所で発揮されますから、早さばかりが頭にあると、つまずきやすいものです。

 社会の問題に向き合う時も、ネガティブ・ケイパビリティは役立ちます。「みんなが言うから自分も」という付和雷同を慎み、待てよ、と踏みとどまる。極論に走らず、真ん中を見通すための、知性と歴史観を持つことが大切だと思います。

目薬・日薬・口薬、近代医学からすれば、とても薬とは呼べないものばかりのような気もしますが、人間は機械ではないので、それぞれの人に合った治療法があってもかまわないと思います。薬は、なすりあいや、こすりあいや、かすりあいにせず、ヤスリでユスリあいにすると大丈夫です。