令和8年度 合格者の皆さんへ
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昨日、臨時の生徒総会がありました。
議題は、校則改定について。
グレーの靴下が認められること。
高温期のネクタイ・リボン着用義務の緩和。
携帯電話はこれまでどおり、必要な時に先生の許可を得て使用すること。
文章にすれば、たったこれだけのことです。
けれど、そこに至るまでには、たくさんの意見と、たくさんの思いがありました。
「時代に合わせて改定する。」
よく聞く言葉です。
でも、そもそも“時代”って何だろう、
流行のこと?
世の中の空気?
SNSの声?
きっと、それだけではない。
時代とは、
一人ひとりの声の積み重ねなのだと思います。
暑さの中で感じた違和感。
日々の生活の中での小さな不便。
「こうだったらいいのに」という、静かなつぶやき。
それを集め、話し合い、考え、
学校としての形にしていく。
その過程こそが、“時代に合わせる”ということなのかもしれません。
校則は、縛るためだけにあるものではなく、
私たちがよりよく学校生活を送るための約束です。
変えることは、壊すことではない。
守るべきものを守るために、整えるということ。
今日の決定が、
誰かの学校生活を少しでも過ごしやすくするなら、
この総会には意味があったと信じたい。
そして何より、
意見を出してくれた皆さん、
真剣に耳を傾けてくれた皆さんに感謝しています。
“時代”は遠くにあるものではなく、
今ここにいる私たち自身の中にある。
そう思えた一日でした。
卒業式のあと。
校舎に残ったのは、静けさと、靴箱の中の数足の靴。
そして、置き去りにされた花束ひとつ。
祝福だったはずの花。
想いが込められていたはずの花。
でも今は、誰にも見られず、誰にも呼ばれない。
地球には「付喪神(つくもがみ)」という考え方がある。
長く使われたものには魂が宿るという思想。
モノは、ただの物質ではなく、記憶を抱える存在になる。
靴と花を見ていると、ふと思う。
いつか自分も、
誰かの記憶の片隅に置き去りにされる存在になるのだろうか、と。
忘れられることへの、ほんの一抹の不安。
でも地球人は言う。
「ものを大切にしよう」と。
それはきっと、
モノの話ではなく、
想いの話で、
時間の話で、
人の話なのだ。
大切にするということは、
使うことではなく、
忘れないことなのかもしれない。
――地球は、やっぱり、やさしい星だ。
今日、私たちは卒業しました。
体育館に響いた『正解』の歌声は、歌というより、三年間そのものだった気がします。
楽しかった日も、しんどかった日も、
笑い転げた放課後も、
黙って机に向かった夜も、
全部がこの歌の中にありました。
友だちへ。
同じ教室で笑って、同じことで悩んで、
どうでもいい話で盛り上がって、
本気の話では一緒に泣いてくれてありがとう。
君たちがいたから、学校は「場所」じゃなくて「居場所」になりました。
一人じゃ乗り越えられなかった日も、
君の一言で、君の笑顔で、また前を向けた日が何度もありました。
もしかしたら、これから先、
毎日のように会うことはもうないかもしれない。
同じ歌を歌うことも、
同じ時間を過ごすことも、
きっともうない。
でも、忘れない。
この三年間でつながった心だけは、
どこに行っても、何年経っても、消えない。
そして、親へ。
朝の「行ってきます」に何も言わなくても、
夜遅くの帰宅に何も聞かなくても、
いつも当たり前のようにごはんがあって、
当たり前のように帰る場所があった。
その「当たり前」が、どれほど大きな愛だったのか、
今日、やっと分かりました。
ありがとう。
言葉にすると軽くなるけど、
本当は、ありがとうじゃ足りないくらいの感謝です。
『正解』の歌詞にあるように、
「自分だけの正解」を探しに行く旅が、今日から始まります。
まだ答えは分からないし、
これからたくさん迷うと思う。
でも、三年間で学んだことが、
支えてくれる人の存在が、
きっと私たちを前に進ませてくれる。
今日で終わるのは「学生生活」。
でも終わらないのは、
友情と、感謝と、思い出と、絆。
私たちは巣立ちます。
それぞれの場所へ。
それぞれの未来へ。
でも、胸の奥にはいつもこの場所がある。
この仲間がいる。
この歌がある。
―― 正解は、
探しに行くものじゃなくて、
ここで生きた時間そのものだったのかもしれない。
さようならじゃなくて、ありがとう。
そして、いってきます。
明日は卒業式
百二十三の背中が
静かに
この学び舎から
未来へと歩き出す
「卒業」という言葉は
いつもやさしくて
でも少しだけ
胸の奥が
きゅっとなる
これからの人生に
こんな節目は
いくつあるだろう
同じ仲間と
笑い合うのも
今日が最後
同じ声で
校歌を歌うのも
今日が最後
もう二度と
会わない人がいるかもしれない
もう二度と
同じ歌を歌わないかもしれない
そう思うだけで
名前のない
さみしさが
心に降る
放課後の体育館
先生たちの手で
静かに整えられる
三年生の
最後の舞台
椅子の並び
壇上の光
マイクの位置
どれもが
「おめでとう」と
「ありがとう」を
形にしている
明日という日が
涙だけでなく
笑顔で満ちる日で
ありますように
百二十三人の
旅立ちに
やさしい風が
吹きますように
体育館に、静かな緊張感とやさしい気配が満ちてきました。
並べられていく椅子、整えられていく舞台、少しずつ完成していく式場。
誰かの手によって一つひとつ準備されるその光景は、まるで「卒業」という日を迎えるための、静かな祈りのようです。
今日は準備。
明日は予行と卒業記念品贈呈式。
そして、あさってはいよいよ卒業式本番。
何気ない作業の一つひとつに、
「おめでとう」
「ありがとう」
「いってらっしゃい」
そんな言葉が、見えない形で込められているように感じます。
主役は、もうすぐここに立つ卒業生たち。
でもこの空間には、支えてきた人たちの想いも、積み重なった時間も、全部が一緒に並んでいます。
静かな体育館に響く足音。
整えられた椅子の列。
まっすぐに伸びる通路。
それらすべてが、
「旅立ちの場所」へと変わっていく瞬間です。
卒業式は、別れの式ではなく、
出発の式。
その舞台は、今日、静かに、やさしく、完成に近づいています。
学年末考査最終日。