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2026年2月の記事一覧

『正解』は、ここにあった

今日、私たちは卒業しました。
体育館に響いた『正解』の歌声は、歌というより、三年間そのものだった気がします。

楽しかった日も、しんどかった日も、
笑い転げた放課後も、
黙って机に向かった夜も、
全部がこの歌の中にありました。

 

友だちへ。
同じ教室で笑って、同じことで悩んで、
どうでもいい話で盛り上がって、
本気の話では一緒に泣いてくれてありがとう。
君たちがいたから、学校は「場所」じゃなくて「居場所」になりました。
一人じゃ乗り越えられなかった日も、
君の一言で、君の笑顔で、また前を向けた日が何度もありました。

もしかしたら、これから先、
毎日のように会うことはもうないかもしれない。
同じ歌を歌うことも、
同じ時間を過ごすことも、
きっともうない。

でも、忘れない。
この三年間でつながった心だけは、
どこに行っても、何年経っても、消えない。

 

そして、親へ。
朝の「行ってきます」に何も言わなくても、
夜遅くの帰宅に何も聞かなくても、
いつも当たり前のようにごはんがあって、
当たり前のように帰る場所があった。
その「当たり前」が、どれほど大きな愛だったのか、
今日、やっと分かりました。

ありがとう。
言葉にすると軽くなるけど、
本当は、ありがとうじゃ足りないくらいの感謝です。

 

『正解』の歌詞にあるように、
「自分だけの正解」を探しに行く旅が、今日から始まります。
まだ答えは分からないし、
これからたくさん迷うと思う。
でも、三年間で学んだことが、
支えてくれる人の存在が、
きっと私たちを前に進ませてくれる。

今日で終わるのは「学生生活」。
でも終わらないのは、
友情と、感謝と、思い出と、絆。

私たちは巣立ちます。
それぞれの場所へ。
それぞれの未来へ。

でも、胸の奥にはいつもこの場所がある。
この仲間がいる。
この歌がある。

―― 正解は、
探しに行くものじゃなくて、
ここで生きた時間そのものだったのかもしれない。

さようならじゃなくて、ありがとう。
そして、いってきます。
 

最後の校歌が風になる前に

明日は卒業式
百二十三の背中が
静かに
この学び舎から
未来へと歩き出す

「卒業」という言葉は
いつもやさしくて
でも少しだけ
胸の奥が
きゅっとなる

これからの人生に
こんな節目は
いくつあるだろう

同じ仲間と
笑い合うのも
今日が最後
同じ声で
校歌を歌うのも
今日が最後

もう二度と
会わない人がいるかもしれない
もう二度と
同じ歌を歌わないかもしれない

そう思うだけで
名前のない
さみしさが
心に降る

放課後の体育館
先生たちの手で
静かに整えられる
三年生の
最後の舞台

椅子の並び
壇上の光
マイクの位置

どれもが
「おめでとう」と
「ありがとう」を
形にしている

明日という日が
涙だけでなく
笑顔で満ちる日で
ありますように

百二十三人の
旅立ちに
やさしい風が
吹きますように

 

旅立ちの場所

体育館に、静かな緊張感とやさしい気配が満ちてきました。
並べられていく椅子、整えられていく舞台、少しずつ完成していく式場。
誰かの手によって一つひとつ準備されるその光景は、まるで「卒業」という日を迎えるための、静かな祈りのようです。

今日は準備。
明日は予行と卒業記念品贈呈式。
そして、あさってはいよいよ卒業式本番。

何気ない作業の一つひとつに、
「おめでとう」
「ありがとう」
「いってらっしゃい」
そんな言葉が、見えない形で込められているように感じます。

主役は、もうすぐここに立つ卒業生たち。
でもこの空間には、支えてきた人たちの想いも、積み重なった時間も、全部が一緒に並んでいます。

静かな体育館に響く足音。
整えられた椅子の列。
まっすぐに伸びる通路。

それらすべてが、
「旅立ちの場所」へと変わっていく瞬間です。

卒業式は、別れの式ではなく、
出発の式。

その舞台は、今日、静かに、やさしく、完成に近づいています。

 

学年末考査最終日。

もうすぐ卒業の春、花がそっと待っている

やさしい光が差し込む朝、
職員玄関の前に、春がそっと並びました。

もうすぐ卒業式。
その日を静かに待つように、春本先生が心を込めて植え替えてくださった花たちが、
パンジーとデージーのやさしい色で並んでいます。

パンジーの花言葉は、
「あなたのことを考えている」。

デージーの花言葉は、
「希望」。

まるで卒業生一人ひとりに向けた、
小さなお手紙のようです。

春らしさ全開のコンテナ花壇は、
通りかかる人の心を、そっとやわらかくしてくれます。

生徒昇降口には、春本先生の授業で生徒たちが育てた花も飾られ、
学校のあちこちが、静かな春の準備を始めています。

花が迎えてくれる学校。
花が送り出してくれる学校。

「ありがとう」と「おめでとう」が、
言葉よりもやさしく、花に込められている――
そんな気がする、卒業式前のやさしい風景です。

もうすぐ、旅立ちの春です。

 

 

学年末考査四日目。

告げ札なき朝は

合格の告げの朝は、をかしきものなり。

むかしは、校の前に告げ札立てられ、若き人々あつまりて、
胸をおさへ、息をひそめ、「わが名はいづこに」と探しける。
見つけしときのよろこびは、花の咲くがごとく、
飛びはね、声あげ、友と抱き合ひ、親のもとへ走り寄り、
そのさま、いと愛らしく、いと尊かりき。

今は、時の流れによりて、
そのすべては小さき光の箱(画面)の内におさまりぬ。
告げ札は立たず、
歓声は聞こえず、
ただ静けさのみが校舎の前に満ちてをり。

便利とは、かくも静かなるものかと、ふと思ふ。

人のよろこびは、
声となり、涙となり、抱擁となりてこそ、
まはりの人の心にも届くものなれ。

それを見ぬ朝は、
なにゆゑか、少しさびしく、
なにゆゑか、少しもの足らず。

されど、画面の向かふにて、
誰かの春は、たしかに始まりゐる。

あはれ、時は移ろへど、
人の願ひと、祈りと、よろこびの心ばかりは、
今もむかしも、変はらぬものなり。

 

学年末考査三日目。