沿革

 

沿革

明治35年

 

工業学校校章

11

文部省告示第18号を以って兵庫大開通り8・9丁目に兵庫県立工業学校設置(1902年)を認可。
建築科機械科の二学科設置(修学年限3年、生徒定員200名)

明治36年

9月

県令第614号を以って兵庫県立工業学校学則を公布。

明治37年

4月

兵庫大開通りに創立開港。第一回生募集。

 

11月

開校式挙行。

明治39年

11月

創立3周年記念式挙行。

明治40年

3月

第1回卒業証書授与式

明治42年

4月

機械科電気分科の設置。

明治45年

3月

兵庫県立工業学校夜間部を設置。電気分科を電気科と改称。
設置学科予科、本科、建築科、機械科、電気科。

修学年限2年(但し予科、本科各1年)生徒定員320名 

明治45年

4月

第1回夜間部生徒募集。

大正 2年

5月

予科1年、本科各科2年に改正。

 

11月

創立10周年記念式挙行。

大正 6年

4月

応用化学科、別科応用化学科の設置、生徒定員450名。

大正10年

4月

土木科、別科土木科の設置、生徒定員600名。

大正11年

11月

創立15周年記念式挙行。

大正12年

5月

別科を専修科と改称。兵庫工業倶楽部誕生。

昭和16年

 

第二工業学校校章

2月

兵庫県立第二神戸工業学校を設立認可。4月開校。
兵庫県立工業学校を
兵庫県立第一神戸工業学校と改称。

昭和17年

 

航空工業学校校章

4月

兵庫県立航空工業学校を開校。

昭和18年

4月

兵庫県立第三神戸工業学校を設立認可。

昭和19年

1月

兵庫県立高等工業学校を設立認可。

昭和20年

 

機械工業学校校章

9月

兵庫県立航空工業学校兵庫県立機械工業学校と改称。

昭和23年

 

現在の校章

4月

3校を統合し、兵庫県立兵庫工業高等学校と改称。

昭和26年

4月

建築科に図案課程設置。

昭和27年

11月

創立50周年記念式挙行。

昭和33年

4月

建築科図案課程を図案科とする。定員120名。それに伴い建築科の定員120名となる。

昭和34年

4月

電子科設置。定員120名。

昭和37年

11月

創立60周年記念式挙行。

昭和38年

4月

図案科をデザイン科と改称する。

昭和42年

11月

創立65周年記念式挙行。

昭和47年

11月

創立70周年記念式挙行。

昭和57年

11月

創立80周年記念式挙行。

昭和62年

4月

情報技術科設置(1学級)。電気科1学級減。

平成 4年

11月

創立90周年記念式挙行。

平成 8年

1月

用地災害復旧工事(グラウンド等)竣工

同 年

4月

災害復旧工事(校舎内・中庭周辺等)竣工

平成 9年

4月

推薦・くくり入学を実施。

群(建築、工業 化学、土木、デザイン)

群(機械、電気、電子、情報技術)

平成14年

11月

創立100周年記念式典挙行。やまなみ会館竣工。

平成15年

4月

工業化学科を総合理化学科、土木科を都市環境工学科と改編する。

機械科を機械工学科、電気科を電気工学科、電子科を電子工学科と改称する。

平成17年

4月

機械工学科1学級減

平成28年

3月

学力検査において、くくり入試を廃止(学力検査を学科別入試に変更)

令和2年

4月

電子工学科募集停止による機械工学科1学級増

(機械工学科はA組・B組の2クラス編成となる)

令和4年

2月

令和4年2月26日電子工学科閉科式挙行

同年

4月

全学年7学科(機械工学科2学級)となる

高等学校学習指導要領の改訂に伴う教育課程の全面改訂を実施

令和4年度入学生より、女子制服にスラックススタイルを導入、ベスト・セーターを男女共用とする

BYODの導入

同年

11月

令和4年11月8日神戸常盤アリーナ(兵庫県立文化体育館)にて、創立120周年記念式典挙行。