卒業式 式辞

 「石ばしる 垂水の上の さわらびの 萌え出づる春に なりにけるかも」

 これは万葉の歌人である志貴皇子が、岩の上を流れ落ちる滝のほとりで、芽を出したばかりの蕨を見つけて春の訪れを感じたその喜びと感動を詠んだものです。自然の営みは実に確かで、ここ自彊が丘においても桜のつぼみが日増しに膨らみを見せ、窓から差し込む日差しも力強さを次第に増して、春がすぐそこまで来ていることを感じさせます。

 本日は、PTA会長様、保護者の皆様のご臨席を賜り、このように厳粛に本校第七十四回卒業証書授与式を挙行できますことに心から感謝いたしますとともに厚くお礼申し上げます。

 七十四回生の卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。ただ今卒業証書を授与いたしました三0九名の皆さんに、本校教職員を代表して、心からお祝いを申し上げます。

  「明けゆく空」、この言葉は校歌の一節でもあり、七十四回生の学年通信のタイトルでもあります。そこには、本校での三年間の学びを通じて、皆さん一人一人が自立して生きるための確たる基盤を築き上げてほしい、文武にわたり相互に刺激し合い高め合いながら確かな成長の歩みを進めてほしい、そしてそれぞれに志望する進路実現を果たし自らの力で未来を切り拓いてほしいという、米田学年主任、久保田学年副主任はじめ、学年団の先生方の強く熱い思いが込められています。この三年間、皆さんは濃密で充実した時間を過ごし、その期待に見事応えてくれました。その妥協を許さず粘り強く取り組む姿、その溌剌として全力で躍動する姿は、今も私の目から離れません。

  さて、コロナ禍に見舞われたこの二年間でしたが、新たな価値観や生活様式が生まれ、それが潮流となって社会も大きな転換期を迎えています。人々を時間や空間、身体的制約から解放するデジタル化の加速、サプライチェーンの国内回帰と分散化、密から疎への地殻変動と地方回帰など、枚挙に暇がありません。

 こうしたニューノーマルなポストコロナ社会を生きる皆さんには、自分の拠って立つ基軸を見失うことなく、地に足を据えて生き抜いてほしいと思います。その意味において、今後特に大切にしてほしい三つの基軸を皆さんに伝えて餞別にしたいと思います。

 一点目は、挑戦する勇気を持ち続けてほしいということです。

 「人間にとって成功とは何だろう。結局のところ、自分の夢に向かって自分がどれだけ挑戦したかではないだろうか」と言ったのは、芸術家の岡本太郎氏です。人の一生は航海やマラソンに例えられるように決して平坦なものではありません。次々と苦悩に苛まれ、挫折や失敗が襲ってきます。限界は他人に突きつけられるものではなく、自分の心の中にあるものです。それらを乗り越えるには、挑戦し続けるしかありません。自分が諦めない限り限界はないのです。途中で諦めてしまうから、夢が潰えてしまうのです。いかなる状況に置かれようとも、挑戦する勇気を持ち続け、自らの道を自らの力で切り拓いていってください。

 二点目は、言語化力を高めてほしいということです。

 コロナ禍にあってデジタル革新と呼ばれる大変革が急進し、サイバー空間の急拡大は個人ばかりか国家や世界のあり方まで激変させています。イギリスの哲学者アンディ・クラークは「言語が登場して以来、我々はある意味サイボーグだった」、つまり身体と言語が複雑に融合したことにより文明や社会を生み出すことができたと言っていますが、身体と言語が乖離したコロナ禍でのリモートやオンラインによるコミュニケーションには限界があることが露呈しました。こうしたニューノーマルなコミュニケーション環境を生き抜くために、伝えるべきことを踏まえて論旨を構造的に整理し、文章に昇華する力、いわゆる言語化力の質と量を高めていってください。

 三点目は、感謝の気持ちを持ち続けてほしいということです。

  時に厳しく諭し、時に温かく見守ってくださった先生方、三年間ここ明高で同じ時空を共有し、悲しみは半分に、喜びは何倍にもしてくれたかけがえのない七十四回生の仲間、いつも大きな愛情で包み、陰から支え応援してくれた家族、PTA、同窓会、そして地域の方々。皆さんが今日、卒業の日を迎えることができたのは、もちろん、皆さんの弛まぬ努力によるのですが、その裏にはこうした多くの方々の励ましやご支援があったからこそです。「感謝は、過去を意味あるものとし、今日に平和をもたらし、明日のための展望を創る」、これはアメリカの作家、メロディ・ビーティの言葉ですが、感謝の気持ちを決して忘れることなく、心豊かに生きてください。

 保護者の皆様に、この場を借りまして一言申し上げます。この三年間、本校の教育方針や学校運営に、またコロナ禍にあっては感染防止対策にご理解とご協力を賜りましたことに、心より感謝とお礼を申し上げます。お子様は、大きく、立派に成長され、今日この学び舎から巣立っていかれます。この十八年間、言葉には尽くせぬほどのご苦労があったこと、また春から親元を離れていくことに一抹の不安と大きな寂しさを感じておられることと推察いたしますが、今日この日を迎えられ、心からお慶びとお祝いを申し上げます。今後とも引き続き、本校に対して変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます。

 最後になりましたが、不思議な奇縁によってここ明高に集い、ともに育くんだ建学の精神「自彊不息」、校訓「自治・協同・創造」の気概、そして、校歌にある「集え・競え・誓え」の志気。これらを深く胸に刻んで、皆さん一人一人の活躍が母校の喜びや励みになることを、そして七十四回生全員の力になることを忘れず、命を大切に、自信と誇りをもって、悔いのないすばらしい人生を歩んでいかれることを祈念しています。

 「ほのぼのと あかしの浦の 朝霧に 島隠れゆく 舟をしぞ思ふ」

 卒業生の皆さんに限りない惜別の思いを残しつつ、その洋々たる前途を祝して、式辞といたします。