活動報告2019

インターアクトクラブ同好会
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2019/09/03

インターアクトクラブ 学校祭②

| by 岩本
インターアクトクラブは学校祭2日目は、豊岡ひかり幼稚園の交流活動をしました。

1、2年生の会員でお迎えをしました。
9人の5歳児と総合的な学習の時間「どれみ急便」の案内をしました。「どれみ急便」とは、「リトミックソルフェージュ」を研究しています。それは、自分たちで「音」を作り上げることです。普段は色々な楽器などを使い練習をして、紙芝居、手遊び、読み聞かせなどを保育園、老人ホームなどの施設を訪問しています。


今回は、吹奏楽、ドラえもんなどの演奏の他、ハンドベルを片手にみんなでエレクトロパレードを演奏しました。


また校内の展示見学をしました。
環境建設工学科1年生自家製「コーヒーカップ」にインターアクトクラブのお兄さんやお姉さんと乗りました。四角でしたがコーヒーカップが本当にグルグル回り、楽しんだようです。みんな楽しそうにして、笑顔でしたが、コンプライアンスの関係で表情をお見せできないのが残念なので、園長先生と担任の先生のカップルをアップします。



電機応用工学科1年生の「自然の中のパリス」の展示に子どもたちは歓声を上げていました。動物たちは、豊岡ひかり幼稚園に寄贈することになりました。

美術部のゴジラにビックリ!

お土産はPTAバザーのアイスクレープでした。ありがとうございました。
10月にはインターアクトクラブが豊岡ひかり幼稚園を訪問し、お弁当交流をします。
14:29
2019/09/02

インターアクトクラブ 学校祭1日目

| by 岩本
インターアクトクラブは文化祭で海岸漂着物のブイを使ったプランターを校内に飾りました。





7月に豊岡市神水の海岸漂着物回収活動により漂流物回収ブイの回収をした。陸路が崖崩れでないので、カヌーで現地に行きました。



電動のこぎりでも女子にとっては力仕事。1年生男子はとても頼もしく加工をした。穴あけのドリルは女子もスイスイ。

断面をやすりで削り仕上げます。


底に小石を敷き、鉢底ネットを置きました。土は先輩方が昨年出石の山から採取した腐葉土や市販の土を混ぜました。そして花を植えました。


完成!


文字どおり、学校祭に華を添えました。
14:28
2019/08/23

インターアクトクラブ 豊岡ロータリークラブ例会参加

| by 岩本
豊岡ロータリークラブ例会に出席いたしました。
アールベルアンジュは普段は披露宴やコンベンションなどしている会場です。生徒たちは離れしていなのでドギマギしてました。

インターアクトクラブの歌を合唱しました。

昼食の後、豊岡ロータリークラブ田中洋会長からは「会長の時間」でインターアクトクラブの紹介をしていただきました。

そして豊岡総合高等学校インターアクトクラブからは
・活動のお礼(3年生)
・新役員発表
・4月~7月の活動報告
・9月からの活動計画
・東北支援交流活動報告
・年次大会参加報告
・新入会員紹介(1年生)
をしました。

12:21
2019/08/18

インターアクトクラブ年次大会②

| by 岩本
インターアクトクラブ年次大会②『巡りあい』~今しかない瞬間を~
〇ラジオ体操

同じ学校、同じ班、同じ部屋などいろいろな固まりでラジオ体操をしました。
朝食




ホスト校氷上高校は農業科を設置しています。自家製のジャムや鶏を飼っているのでその卵が朝食に並びました。
ワークショップ
昨日のワークショップのまとめとして「20年後の自分自身または家族にどんなことをするのか」、「20年後の同じコミュニティーに住む人たちにどんなことをするのか」、「県下の他のコミュニティーに住む人たちどんなことを「するのか」を書き込み、話し合った。その後、班ごとにポスターセッションを行いました。




閉会式

閉会式では、2020年8月6、7日に神河町のグリーンエコー笠形で年次大会が行われます。主管は、神崎高校インターアクトクラブです。
解散前に豊岡ロータリークラブの遠藤剛さまから、好評とこれからの激励の言葉をいただき解散しました。

岐路で茅葺の古民家でランチをいただきました。



ネコcafeで、2日の疲れを癒してくれました。
11:44
2019/08/17

インターアクトクラブ年次大会①

| by 岩本
第37回インターアクトクラブ年次大会①『巡りあい』~今しかない瞬間を~
丹波市青垣町 丹波少年自然の家
2年生3名、1年生7名、合計10名が参加しました。

〇開会式
開会点鐘、インターアクトクラブの歌斉唱、参加者紹介、主催者挨拶、大会趣旨説明などがありました。
活動報告
参加校から各校の活動報告がありました。豊岡総合高校インターアクトクラブ15番目でしたが、前15校の中、6校が「インターアクト米」、「海岸漂着物回収活動」を報告されました。インターアクト米での東北支援活動、日本海での海岸漂着物のダイナミックでさまざまな問題提起があるなどの方向でした。滝川高校は、戦隊もの「アクトレンジャー」の発表もあり、インターアクト米を使ったポン菓子の振る舞いがありました。






本校インターアクトクラブは昨年度「海の宝アカデミックコンテスト2018」審査員特別賞、「山陰海岸ジオパーク中高生実践コンテスト」優秀賞をいただいた「おむ君の長い旅」を発表しました。

アイスブレイク
マエストロ足立さんは元小学校の先生。アンデスの笛ケーナを披露するとともに、家庭用品での楽器を演奏しました。ホウキ、ジョロ、醤油ちゅるちゅるなどトークもさることながらその音色に皆は喜んでいました。

ワークショップ
関西大学 山本敏幸教授のテーマ「都会に住む人たちと地方に住む人たちがWin-Winな関係でつながる未来社会について考えよう!」でワークショップを行い行いました。関西大学の学生やRID2680ローターアクトクラブの方々がファシリテーターなどのお手伝いをしました。
都会と田舎の生徒を班にわけ、い「田舎のいいところ、悪いところ。都会のいいところ悪いところ」などを付箋に書き、模造紙に貼る手法でした。


各班、初対面の生徒たちばかりなのにワイワイ賑やかにしていまsた。
夕食
定番のBBQです。目玉は猪の肉の焼肉!
ワークショップの班で楽しく過ごしていました。矢野宗司パストガバナーのお茶の乾杯で開始となりました。




〇タイスタデーツアー報告会
7/31~8/5のタイスタデーツアーの報告がありました。
高校生との交流、アカ族との交流など画像を交えながら、自分たちの見たもの、したことを克明に伝えてくれました。

星空観察をして。就寝zzz。
11:43
2019/08/09

インターアクトクラブ 東北支援交流活動第4日目

| by 岩本
東北支援交流活動第4日目
帰路
6:00朝食はやはりパン。

7:50 豊岡寿町ロータリー着
副実行委員長尾崎友隆くん(大岡学園3年生)から無事到着し、この経験をいろんな人にお話をすることと、普段の生活を大切にすることをみんなに伝えた。
今回の参加者18名は最低1回はみんなの前で挨拶をすることにしました。人前で自分の気持ちを伝えたり、みんなに気持ちをまとめる経験をするためです。

この1泊4日で普段経験しなかったこと、はじめて見た被災地の傷跡や被災者との触れ合い。寝にくいバスの座席や雑魚寝のタタミ。菓子パンばかりの朝食。3日目に入ったお風呂の温もり。
2012年気仙沼向洋高校の先生が「世の中で一番かけがいのないのは、何気ない普段の生活」と言葉を受け、東北での支援交流活動を通じて感じてくれるよう毎年マイナーチェンジをしながら計画、実行しています。これからの学校生活、家庭生活などの教訓になってくれると幸いです。
今回、バス代の助成をしていただきたひょうごボランタリープラザさま、活動費を応援して下さった豊岡ロータリークラブさま、生徒たちを支えてくださったご家庭の皆様に感謝いたします。
10月には石巻の離島の田代島に訪問します。

これからの生活に生かすこと、特に学校生活・部活動ですることは何か

2年生:これからの生活で生かしたいことはこの活動を豊岡の人達あるいわ家族、友達にも知らせることです。実際行かなくては分からないことが沢山あります。私達の活動をぜひみなさんに知らせたいです。そして、ご飯を食べられることやお風呂に入れること友達と遊べること全てに感謝して過ごしたいです。また、この東北で一年生と関わることもできたのでこれからはもっと団結できるように頑張りたいです。

2年生:もし地震が起きたら、津波が来たら、火事になったら、堤防が決壊したらなど、私たちの周りには災害が起きる可能性がたくさんあると思います。今回の活動で学んだように、災害に直面した時の一瞬の判断がその後の命の有無を分けてしまうので、冷静に、周りに合わせようとせずに安全な場所へ避難することを忘れずにいたいです。特に但馬はいつ地震が起きてもおかしくないと言われているし、今後必ず起こるとされている南海トラフ地震もあるので、それらが来た時にも命を守る行動がすぐにとれるようにしたいです。また、インターアクトクラブの活動では、たかが部活動のうちの一つとして活動をするのではなく、その向こうに東北だけではなく色々な方の存在があることを意識しながら取り組みたいです。

2年生:今年は昨年行かなかった気仙沼向洋高校や伝承館に行ってよりたくさんのことを学ぶことができました。特に地震や災害が起きたときは、ファーストペンギンになって自分から行動するということが1番印象に残っています。私たちの世代の豊岡市民はまだ大きな災害にあったことがないので、いざというときに正しい行動ができないかもしれません。そのときは、現地まで行ってしっかり学んできた私たちがファーストペンギンになって行動したいと思いました。また、学校生活の中で私はいつも消極的になってしまうけど、災害のとき以外も積極的に行動していきたいと思いました。また、今までタイのアカ族にタンクをプレゼントしたり、北海道地震の支援をしたりするために募金をしてきました。今後も支援をするために募金活動も積極的にやっていきたいと思いました。

1年生:私はこの活動を通して、学校生活ではまずはもし今地震が起きたら自分はどうするのかをその場その場で考えるようにしようと思いました。また向洋高校でも聞いた話のように、皆が避難してないからしないとか今回の地震も大丈夫だろうと思うのをやめて毎回来ると思って面倒くさがらずに避難しようと思いました。そして家族とも最終的にはどこに集まるかを決めておこう思いました。被災者の方から聞いた話は家族だけじゃなく友達にもして震災が起きても少しでも冷静に行動できるように被災者の方の意見を参考に避難方法とかを考えようと思いました。また今回の合宿は団体行動だったので時間厳守と周り人に迷惑をかけないことと自分で考えて行動するということが合宿中で前よりできるようになったと思うので学校生活で生かしていきたいと思います。部活動では、これからもいろんなボランティア活動をすると思うのでたくさんの人の役に立てるように一生懸命活動していきたいと改めて思いました。また部活動だけでなく自分からも積極的にボランティア活動などに参加していきたいと思います。

1年生:私はこれからの生活で今回の活動で得た知識を防災の活動や備えに活かして行きたいと思います。特に気仙沼向洋高校で学んだ災害時の行動や心持ちについての学習を活かし、防災、減災に活かしたいと思います。そして、学校生活、部活動では得た知識を広めることをしていきたいと思います。若い世代の人々に震災について知ってもらい、震災を風化させないことが大切だと思うので、私達の世代からインターネット等も使いながら発信していきたいと思います。また、友人や家族に伝えられるようにしたいです。震災に限らず、地域などで困った人がいたら、進んで声をかけ、手助けしていきたらいいなと思いますし、今回の活動で人手不足が進んでいることも分かったので、今まで以上にボランティアに参加して行く事が大切だと思います。

1年生:今回の東北支援交流活動では、実際に東北を訪れ自分の目で震災から8年が経った東北の地を見て、被災した方々から直接お話を伺ったことで、たくさんのことを学ぶことが出来ました。

その学んだことをそのままにするのではなく、自分が受け取ったものを豊岡で発信し、自分自身も伝える側の一人になるということが大切だと僕は思います。具体的には、家族や友達などに東北で学んだことをそのまま伝えるだけではなく、豊岡でも積極的にボランティア活動などに参加したくさんの経験を積み、そのうえで自分の考えを交えて多くの人に発信して伝えていかなければならないと思いました。そして僕は東北での交流を行うまで人との関わりを積極的に行おうとすることが少なかったですが、気仙沼向洋高校での防災ワークショップを通して、積極的に人と話し合うことの大切さを学べたのでこれからもその姿勢を大切にしたいです。

1年生:私は東北支援交流で何気ない日々の生活がどれほど大切なのか、災害の備えがどれほど大切なのかを改めて学び、感じることが出来ました。これからの生活では家族や友達などの関係を大事にしていきたいです。文化祭や体育祭などの学校行事が沢山あります。クラスの人との絆を深めていけるように自分に何が出来るのかを考えて過ごしていきたいです。自分の特技やできることをより友達と高めていきたいと思いました。これからの部活動のボランティア活動の中で様々な人との関わる機会を大切にしていきたいです。また、ボランティアを通してより部活動の仲間としてより絆を深めていきたいです。お互いに悩んで助け合っていけるようになりたいです。また、人間関係を大切にするだけでなく災害にもっと意識をもって行動していきたいです。避難場所の確認や避難の準備をあらかじめしておくことの大切さを学びました。家族の人としっかりと話し合いたいです。自分は大丈夫だと思うのではなく常に危機感を持って過ごしていこうと思いました。

1年生普段、豊岡にいると津波などの水の被害は比較的ないと思うので、東北に行って普段経験しないことを経験できて、いい体験が出来たと思います。しかし、何があるかわからないので、たくさんの方々から貴重な話を聞くことができ、とてもいい経験ができたと思います。実際に被害に遭われた、現地の方々から、様々な状況の話が聞けて、これからに活かせることばかりだと思いました。震災についてのことだけではなく、命の大切さや、華族の大切さなどを改めて考えることができ、そのことを噛み締めていきていこうと思いました。自分の地域にいるだけでは聞くことのできないことばかりを聞くことができたので、家族に話すなど、これからの生活に生かしたいです

1年生:今回実際に被災地に行って今まで知らなかったことを知れたのでこれを自分で止めずに家族や友人に伝えていきたいと思いま。学校に通って勉強出来ていることが当たり前のようになっているけど、当たり前ではなく、すごく恵まれていることをしっかりと頭の中に置き、学校に通いたいと思います。勉強が嫌になることがあるけど、被災した人々のことを考えて頑張りたいと思います。部活動では、募金活動や回収運動をして、少しでも被災地の助けになるように頑張りたいです。人手がオリンピックの方に取られてしまって少なくなってしまったけど、復興しようと頑張っている人がいるので、自分もボランティア活動を頑張ろうと思いました。毎日の生活が送れていることが恵まれていることだと思いながら生活したいです。

1年生:語り部さんが話す話では、もっと早くやっとけば良かったのに。とかもっと良い方法があったんじゃないのか?とか沢山聞きました。過ぎてしまったことは、どうしようも無い。じゃあどうするのか。私達はただ話を聞きに来た訳では無いと思います。この話を聞いて、同じことが起きても、過去の人達が残した傷跡から、同じことが二度と起きないように、伝えて行くことが大切だと思います。だから豊岡に帰って身内だけでもいいから、伝えていきたいと思います。『選択』が大切だと聞きました。1番良い方法を選択し、その答えにたどり着くまでの時間を早くする。この簡単そうで簡単ではないことを震災の時は必要とされると聞きました。私は普段から物事を決めたり選んだりする時にどうしても、人任せのところがあります。まずそこから直そうと思いました。まずは行動を起こすことが大切だと思いますので誰かがやってくれるではなくて、私がやろうと率先して行動に移していきたいと思いました。


11:43
2019/08/08

インターアクトクラブ 東北支援交流活動第3日目

| by 岩本
東北支援交流活動第3日目
気仙沼市 長磯牧通 気仙沼向洋高校
2011年の東日本大震災では4階までが津波で水没するなどの被害を受けた。2017年2月、校舎を破損した状態で震災遺構として保存するために、建築基準の適応外とする震災遺構保存条例案が市議会に提出されている。保全される校舎は当初南校舎だけであったが、2018年2月には北校舎も追加で保全されることになった。2019年3月10日から気仙沼市東日本大地震遺構・伝承館」として一般公開されている
2012年からインターアクトクラブと交流をしている。また、2016年、2019年1月17日には本校に来校した。


歓迎のディスプレイ表示

避難経路のジオラマ展示。

「おむ君の長い旅」の発表。

「プラポン」の読み聞かせ?

校舎案内。昨年の8月に引っ越し、落成をしました。



災害避難についてのワークショップ

学んだ教訓です。

最後は握手でお別れ。
2年生女子「
気仙沼向洋高校のみなさんには今年の1月に来ていただいて一緒にミニチュアランドセルを作りました。今回はその人たちとも再会できたし、他の人たちともたくさんの交流をすることができたのでとてもうれしかったです。今回は向洋高校のみなさんに学校の案内をしてもらったり、一緒にワークショップをしたりしました。向洋高校は昨年の8月に7年の時を経てやっと新校舎になったばかりなので、とてもきれいだったし、設備も充実していました。こんなにきれいでうらやましいなと最初は思ったけど、それまでは仮設の学校で日々を送っていて大変だったんだなと考えると、よかったなと思いました。ワークショップでは、普段防災や地震ついてあまり深く考えたことがなかったけど、向洋高校のみなさんは東日本大震災を経験している分多くのことを学ぶことができたし、自分でもこれからどのように生活していけばいいかということを考えることができたので、とてもいい経験になりました。」

気仙沼市
   気仙沼パン
 気仙沼では「モーモーパン」、「ウシパン」と言われています。昨年のカバストマルシェでも販売しました。報告はパンと言えばコッペパンです。中身のクリームの味をチョイスするコッペパン文化が浸透しています。今回は、クリーム(ピーナッツバター)、チョコ、イチゴ、クルミ、ゴマ、黒糖など一人2つ食べました。


昨日の朝、パン。今朝も、パン。昼もパン。でも、お行儀よくたべました。
2年生
私は被災した人達の話を聞いてから、パンや市販の弁当などの食事でも、食べられるだけ幸せだと思いました。東北の人達はご飯を食べるのに長い列を作って並ぶ必要があり、満足に食事が出来ていなかっただろうと思います。また、これはどの災害でも同じで、熊本地震や岡山の浸水被害を受けた人達にも言えるので、私たちがもし災害にあったら全く同じような体験をすることになるのだと思います。そう考えると、普段特に気にすることも無く普通に三食食事をとっていることでさえ、有難いと思わなければいけないと思いました。また、宿舎での食事には遅れてしまいましたが、それが団体行動の基本を見直すきっかけになり、その後は時間をよく見て過ごすことが出来たと思います。」

気仙沼市
 波路 東日本大震災遺構・伝承館



ここは3階です。車が流されています。



この4階まで水が来ました。水産会社の倉庫が4階にぶつかり、壁が壊れました。

手すりは見学用のため取り付けられたものです。階段の手すりは全くなくなっていました。

この屋上で先生方は津波をカメラやビデオで撮影し、第2波がきたとき覚悟したそうです。そのときに返り波が津波とぶつかり津波が消え、九死に一生を得たそうです。

体育館は基礎だけ残し、建物はすべて流されました。

先生方の自家用車が4台が津波の押され、縦向きに潰されています。

1階の事務室です。天井の電線などは火事場泥棒が持って帰ったとの噂があります。ここはもともと文字通り「波路」ということで、津波がくる街で実際明治時代に津波が来ました。その時の住民は、移住をしました。その村落を「明戸」と言います。

2年生女子「震災の被害を受けてからそのままの校舎は、教室に一台の車が流されてきていたり、どれが何か全く識別できないほどの瓦礫や残骸があったりと、とても信じ難い光景でした。また、4階まで浸水した証であるという棚のサビを見て、屋上へ逃げていた先生達が遠くに自分たちより高い所から津波が来たのを見たという話を聞いて、ゾッとするほど恐ろしくなりました。もしも避難が遅れていれば生徒も先生も現在は生きていなかったかもしれないと思うと、地震が起きたあとの数分での行動は何よりも必死になって起きなければいけないなと思いました。」

気仙沼市観光コンベンション協会  語り部 尾形幹男様


気仙沼市 鹿折
 復幸マルシェ 塩田賢一様

 甚大な津波被害を受けた気仙沼市鹿折地区で、元々飲食店を営んでいた人たちが集まり、「復幸マルシェ」を立ち上げようとしています。建物は振興財団が建ててくれましたが、内装や備品などはすべて一から揃えなくてはなりません。被災者である経営者の方々は、避難所解散以降にかかるお金などで、既に義援金も残っていません。
 塩田さんは自ら重機などの資格を取得し、瓦礫のかたずけから自らの手で復興を始めました。行政に翻弄されながら、ニューヨークや東京日本橋でうどん屋を開き、ようやくこの気仙沼でお店を再建されました。
 当時の被災、復興の様子などを語っていただき、まさにあの大きな船が打ち上げられた場所で解説をしてくれました。




1年生女子
バスの中では語り部の方にいろんな話をしてもらいました。その中で1番残っていることは、男の子の書いた作文です。その子は作文の中に亡くなったお母さんに、親孝行してあげたかった、誕生日プレゼントをあげたかったと書いていました。これを聞いて、ほんとにいつ何が起こるのか分からないので私も伝えられるときに伝えようと思いました。もう1人かたの塩田さんの話では、子どもたちのために公園を作ったり、うどん屋さんで色々なところをアメリカや東京など転々とされていたりととても行動力があり私もこうゆう人になりたいと思いました。最後の方に話を聞いた震災当時はおばけがいっぱい出たという話がとても衝撃でした。」


BRT
東日本大震災で甚大な被害を受けた、気仙沼線、大船渡線。深刻な被害が広範囲に及んでおり、復旧にあたり、多くの課題がありました。そこで、できるだけスピーディに安全で便利な高速輸送サービスを提供できるよう、「BTR」の運行を開始しました。




8月6日出発の日は車中なのでお風呂はおろかシャワーもなし。7日はライフル射撃場上でシャワー。ようやくお風呂に入れます。お風呂にはいれるのは当たり前じゃない。家の人のおかげだと感謝。

1年男子「今回の支援活動の3泊の内で2泊はバス、1泊は本来宿泊施設でないライフル射撃場に宿泊させて頂きました。バスは自分の寝やすい体勢を見つけるまではかなり寝心地が悪かったですが体勢次第で、思っていたよりもかなり寝やすく感じました。」

1人に2座席を割りあてをしたので、ゆったりと座れています。しかしながら寝るのはなかなか難しいです。みんな工夫をして寝ていました。2時間に一度、SAやPAでWC休憩しました。なかなか熟睡できなかったようですが、被災者は震災以後余震で何度も目を覚まし、熟睡なんてできなかったのでは。
1年生「私は車内泊が初めてで不安だったけどバスの運転手さんはとてもいい方達で安心して過ごせました。最初は友達と話したりとかもして楽しかったけど途中からはとても暇でした。こんなに長時間バスに乗ることはないので体が痛くなりました。寝る時もいつもは不便なくのびのびと寝れているけどバスでは体を縮めて寝ないといけなかったのでなかなか寝れなくてつらかったです。朝は休憩所で歯磨きや洗顔をしたりしてほんとに私たちは普段不自由無く幸せに暮らせているんだなと改めて感じました。被害に合われた方も当たり前のように家がある生活から不便な生活を私たち以上に長い間過ごされてこられてそれを乗り越えてこられたんだなと思いました。」

11:42
2019/08/07

インターアクトクラブ 東北支援交流活動第2日目

| by 岩本
東北支援交流活動第2日目
石巻市 大川小学校
津波で児童74名、教職員10名の尊い命が犠牲になった小学校です。黙祷、献花、焼香などの哀悼の意を込めました。避難経路の検証と裏山のシイタケ山は児童たちが常に登っていたらしいがそこから校舎や堤防の決壊場所の検証を行いました。崩壊した校舎や教室を眺め、胸を締め付けられような思いをしていました。
1年生女子
大川小学校を見た時にその当時の地震の規模の凄さを感じました。建物はほとんど崩れ落ちていて実際に地震であんな風になったのを見たのは初めてだったのでとても怖く悲惨なものだったと思いました。亡くなった児童や教師たちは校長先生などの指示で避難したけど判断ミスで逃げ遅れて死者が増えたと聞いたのでその時の判断がとても大切なんだなと改めて思いました。またその時の判断がしっかり行われていたら、児童や教師の命は失われることはなかったのではないかと思いました。
1年生女子校舎がそのまま残っていて、針金や中が丸見えで津波の怖さを改めて知りました。津波が来る方に逃げてしまって、多くの生徒がなくなったことを知り、すごく悲しいことだなと思いました。反対側に逃げていたら助かったかもしれなかったことを知って、すごく心苦しくなりました。語り部の方が来られなかったのが残念でした。校舎の中が、どうなっているのか見てみたかったです。冷蔵庫に捕まって助かった子がいると聞いてすごいなと思いました。津波の怖さを改めて知りました。




石巻市 渡波 命神社(明神社)

明神社では震災当時の様子を聞くことができ、当時火をおこすために、普段使用している和紙を燃やして暖をとったことや神主である大國さん自身がガラスが散乱した状態で裸足で歩いても気づかないくらい必死だったこと、後ほんの数分遅ければもしかしたら自身が亡くなっていたかもしれないことや奇跡的にそこでは死者が出なかったこと、他県からのボランティア活動が復興の一歩を踏み出すきっかけになったことを聞かせて頂きました。また、新しく建設したり、修復等をすることだけが復興ではなく、傷んでいたり汚れていてもその人にとって落ち着いたり、魂の拠り所となることが大切であり、そういったものには新しいも古いもないということを聞かせていただきました。

1年男子「明神社の宮司さんのお話の中での、被害にあった方一人一人にそれぞれの物語があるという言葉にはとても胸を打たれました。その言葉で、これまで災害などの被害の大きさを数字だけで判断していた今までの自分を叱咤されたような気がしました。ニュースで見るたくさんの被害にあった人の数字の中には、一人一人にこれまでの生活があり、家族や友人があり、それぞれの人が感じたものがあるという当然のことを、テレビの画面越しに数字や、ヘリコプターからの映像だけを見た僕は全く分かっていませんでした。自分のものの見方や、考え方を大きく変えるとても有意義な時間を明神社で過ごすことが出来て良かったです。




石巻市
 小渕浜 フジマル佐藤商店

最初にここでは震災以降国内だけではなく、海外からも根拠のない風評被害によって苦しめられていることや現在ヴェトナムからの研修生を受け入れていることなど震災当時の被災状況と現在の様子を説明いただき、その後、ブイの印書きを行いました。暑い中でしたが、途中休憩を挟みながら、貴重体験をさせていただきました。昼食では揚げ物等を中心に地元の食材のアナゴやホヤなどを使用した料理をいただきました。

1年生女子「フジマル佐藤商店での活動は体調の心配があったけどしっかりとできたので良かったです。佐の字を書いているときに腰が痛かったり字がおかしくなったりして大変でした。運んでいる時も大きいものや小さいものなどがあって大変でした。次々に来てびっくりしたし、大変だったけどやりきれて良かったです。お昼ご飯も多かったけど食べきれたので良かったです。最初はわからないことが多かったけどあとあと分かるようになってきたのでよかったです。来年は自分たちで自分から取り組めるようにしたいです。フジマル佐藤商店のこともあまり知らなかったので今回知ることが出来て良かったです。このような事が出来るのは滅多にないことなので経験することが出来て良かったです。来年もできることを貴重に思って取り組んで行きたいと思いました。みんなで協力してできたと思いました。」









あっ、モンスターボール!

男子は冷凍庫でわかめ、昆布の運搬。


牡鹿半島周辺は、防潮堤で囲まれまるで要塞のようでした。海岸線は全く見ることができないので景観や眺望などは無視されています。

青色のラッカースプレーで「病院へ」とコンビニの駐車場に書いてありました。
妊婦さんや人工透析の患者さんの移送のための緊急メッセージが残っていました。

石巻市
 湊地区 ヤマユ佐勇水産




石巻市
 沢田 石巻ライフル射撃場
70畳のタタミの部屋に雑魚寝。携帯電話は圏外。自動販売機は、なし。風呂なしでシャワーのみ、しかも一人5分。ドライヤー使用禁止。冷房はライフル機械維持のため寒いぐらいでした。協会のご厚意で宿泊しました。さすがの男女の境界には、折りたたみの衝立を置きました。





1年生女子「宿舎ではゆっくりと体を休めることができたのでよかったです。また、シャワーは水圧が弱くてびっくりしたけどすぐに
できたと思います。次の日の準備を時間内に終わらせるのは大変だったけどできたのでよかったです。宿舎ではみんなで協力して色々なことが出来たと思います。圏外になったりならなかったりしていたけどみんなでゲームをしたり話したりできて仲が深まったかなと思います。来年も楽しく過ごせるように工夫をしていきたいです。あまり経験することがないのでとてもいい経験になったと思いました。」
1年生女子「まず、ライフル場の場を快く貸して頂いた関係者の方に本当に感謝です。また、東日本大震災での映像やお話も聞かせて頂いて、またひとつ震災に関しての知識を広げることができました。そして、ライフル場で泊まることを体験してみて、ライフル場には電波が届きにくかったです。携帯が使いにくいという状況を体験して、いかに私達は普段の生活で便利に暮らしている事ができているのかが分かりました。東日本大震災の時はもちろん電気、電波もない状況であるし、火、水も思うように届かない状況出会ったと思います。連絡も思うように取れず不安や心配もあったと思います。そう考えると携帯が使いにくいというのは小さなものだと思いました。そして、普段の生活を便利に過ごすことが出来ていることに感謝したいと思いました。」
11:42
2019/08/06

インターアクトクラブ 東北支援交流活動第1日目

| by 岩本
東北支援交流活動第1日目
出発式。
副団長の澤村博行先生(大岡学園校長)の激励の言葉、実行委員長橋本茉奈さん(豊岡総合高等学校2年生)の出発時に誓いの言葉をお見送りの方々に述べました。18:00豊岡市寿町ロータリーからバスは出発しました。2時間に1度のWC休憩をしながらの12間をかけて移動します。
バスは(株)ランドウェイです。熟練ドライバーで一安心です。お水の差し入れもありがとうございました。
2年生女子「私は今年で3回目の東北です。バスで行くのは2回目です。震災から8年になります。今はニュースでも3月にならないと放送されない状況です。今ある現実の今ある状況の東北を目にしてきたいと思いました。そして去年より多くのことを学び考えそしていろいろ自分の人生にプラスになるようなことを得てきたいと思います。今年は2校で行きます。豊岡総合高校インターアクトクラブも10人で行きます。12年力を合わせて頑張りたいです。また、大岡学園の皆さんとも協力して頑張りたいです。そして、今年は自分が生徒代表なので頑張って前に立てるようにしたいです。


11:42
2019/07/29

インターアクトクラブ 水遊び

| by 岩本
AITY 7F しばっ子広場にて、子育てプラザ主催の夏の行事「みずあそび広場」のお手伝いをしました。まず、水のくみ出しや清掃をしました。厨房で汲んだ水をプールに何度も運ぶのは大変でした。

0歳児から5歳児まで、各場所に分かれ水遊び、水鉄砲などの子どもたちと一緒に興じました。



これが自慢のウオータースライダーです。




 使った道具は洗って、干しました。
 引退した3年生も2人参加してくれました。
猛暑に暑気払いの水遊びで生徒たちはビチョビチョでした。水着をシャツやクオーターパンツの下に着させていたので良かったです。
 保護者の中には本校の卒業生もいて、柔らかなムードのなかで活動ができました。
来年もしたいですね。
11:36
12345

活動報告2018


2019/01/17

気仙沼向洋高校交流

| by 岩本
1・17の日に宮城県から気仙沼向洋の生徒3名と先生1名が来校されました。震災の翌年から交流を図り、2016年度には本校の学校祭に来校し、バザーを出店されました。サンマ缶詰、フカヒレスープなど販売し、売れ上げ金を熊本の被災地に寄付されました。被災校舎が昨年8月に落成され、お礼を兼ねて全国行脚され、広島、岡山、神戸、尼崎そして豊岡と訪問されました。
引率の先生は防災の担当でもあり、教職員に防災研修の講師を務めていただきました。生徒は生徒会役員、インターアクトクラブとミニチュアランドセルのワークショップで交流をしました。


15:14

活動報告2017

インターアクトクラブ同好会
12
2018/04/30

表彰報告

| by 岩本

豊岡総合高等学校インターアクトクラブ
2017年 受賞関係

・4月 円山川を美しくする会 「河川美化愛護活動功労賞」
・5月 但馬ソロプチミスト 「ドリーム賞」
・11月 ボランティアスピリットアワード 「コミュニティー賞」
・3月 RID2680地区 「ガバナー賞」
15:15
2017/11/06

豊岡市展ボランティア

| by 岩本

第68 回 豊岡市美術展 豊岡市美術展が 展覧会期 平成 29 年11 月1日(水)~ 5日(日)、会 場 豊岡市立総合体育館(大磯町)で開催されました。
毎年、インターアクトクラブではこの豊岡市展の準備、受付、片付けのボランティアに参加しています。今年も活動しました。

作品の展示の準備をしました。児童、生徒の作品の展示作業は、デリケートなので緊張しました。どれも力作ばかりで、感動しました。



ハロウィンを味わってもらおうと、子どもたちにプレゼントを渡しました。


受付では、パンフレット配布、入場者数のカウント、生け花の説明などをしました。


表彰式の会場準備もしました。表彰台の設置、椅子の運びだし、椅子ならべなど非常に重いものもありましたが、かつて受賞した馴染みのある豊岡市展のためなら・・と、全部員で一生懸命頑張りました。


08:12
2017/11/04

第19回 全日本身体障害者野球選手権大会のボランティアにいきました

| by 岩本

今日は但馬ドームで行われた全日本障害者野球選手権大会のボランティアに参加しました。
開会式は地元小学校の鼓笛隊の演奏。開会セレモニーに地元保育園の歓迎の太鼓演奏がありました。
身体障害者の障害区分は上肢、下肢、体幹、療育、聴覚など様々で、名簿にも記載されています。ルールも打者代走、盗塁やバンドはなし。パスボールやワイルドピッチなどはキャッチャーのミットに触れた時点でボールデッドになるなどの違いはあります。しかしながら、3アウトチェンジ、3ストライク1アウトは通常の野球と同じです。



インターアクトクラブのメンバーは但馬ドーム応援隊『ファンクラブ』の方と一緒に、豚汁の振る舞いの補助。また、喫茶コーナーではフランクフルト、コーヒーの製造、販売そしてインターアクトクラブ恒例の綿菓子の振る舞いをしました。




ケチャップやマスタードをかけたり、コーヒーをくんだりとちょっとはやい学校祭のようでした。



今年度は初めての綿菓子つくりでしたが、非常に上手にできて、子どもたちに好評でした。






スタッフ間で即興手話講座が始まりました。
朝昼晩のあいさつ。「ありがとう。おいしい。好き。そして、自己紹介」を覚えました。今後の活動や日常生活で生かすことができます。
17:40
2017/10/27

開花しています

| by 岩本

学校祭に出展したプランターの花が満開です。
ポーチュラカ(ハナスベリヒユ)とビゴニアです。
10月22日の台風でも倒れることなく大丈夫でした。
インターアクトクラブのメンバーが毎日水やりをしています。


11:20
2017/10/20

幼稚園での交流

| by 岩本

お弁当持参で近くの豊岡ひかり幼稚園に伺いました。

園長先生や園児たちにあいさつをして、ホールに入りました。
今年度は初めて訪問させていただきましたので、生徒たちはワクワクでした。

園児たちと一緒にお弁当を食べ、話しをながら和気藹々な雰囲気で過ごせました。
食事の少しゆっくりした園児たちを最後まで見届け、歯磨きのお手伝いもしました。

園庭で鬼ごっこ、かけっこ、ブランコ、竹馬、砂場遊び、虫取りなど・・・一緒に楽しみました。
最後は、ハイタッチでお別れ。
定期考査終了後にもかかわらず、生徒たちは終始笑顔いっぱいの交流でした。






08:51
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